2015年10月4日日曜日

会社人間失格

自分は営業をしております。

なんたってこんな社内社外問わずへいこらしなければならないのでしょうか?
自分のにんげんとしての地位はそんなに卑しいものでしょうか、いいえ自分はそう思いません、会社が、慣習が間違っていることだろうと思います。

これまで自分は敬語を使うことを、使われることを好みませんでした。上にたいしてはときおり敬語を使わないことを通して、敬語を減らすように努めました。(それというのも祖父母の年齢くらいの方とかかわることが多かったもので、ときおりかしこまらないで思ったことを口にすることは可愛がられたという経験によるものです)
そして、下の者には敬語を使わないように求めました。結局、下の者は敬語を使わない話し方を忘れてしまったかのようにぎこちなくなりました。(そのたびごとに、敬語はにんげんとにんげんの距離をむやみやたらに隔てる面倒な代物だと感じました)

こういうふうにして生きてきましたから、社会に出てからと言うものさあ大変です。
これまで年上にたいしてときおり友達にする口調で話しても咎められなかったことを後悔しているくらいです。
「社会人になると教えてもらえなくなる」...という教えは一体どこへやら、自分はときおり気づかぬうちに敬語を使ってはこっぴどく怒られるのです。

「・・・」「・・・」「・・・」
言ったか言っていないか定かではありません。
指摘されたときにはすでに忘れているので思い出すこともできません。
それにおそらくは独り言が自分の意図しない形で伝わってしまっているのです。
そういうことが度重なって自分は気が利かないと言われるようにまで成長してしまいました。

ある一挿話が思い出されます。
「おまえに渡していた訪問先リストを取り消す、当面、俺と同行だ」と上のにんげんから言われたのです。
理由ははっきりしていました。
けれども、自分は「気遣いのできない結果ですか」と直接聞いたのです。
ほかのにんげんから言われることで、なんとか自分を傷つけて改めようと思ってのことでした。
そしてこたえは言うまでもないことでした、「そうだ」ということです。
私は衝撃を受けました。 いいえ、衝撃をうけて打ちひしがれたふりをしていたことを白状します。
何せ、自分は気遣いをできないことがそれほどまでに責められることではないということを信じていたからです。
でも、どうか信じてください。
あのとき、自分は注意されることによって反省をしようとしていました。
けれども、反省することはかなわなかったのです。
あまりに当然すぎる結果に自分は、「わかりました、お手数おかけして申し訳ございません」と妙にかしこまって平静であることがばれないように 震えた声で反応しました。
そして声を発した後にそれが笑いを堪えたかのように聞こえていやしないか、失望と反省で煮立った声だったかと恐る々々思い返しては「おまえ"自身"がわるいわけではないからな」という上のにんげんの優しさともとれる返答をもって笑いを堪えたように聞こえたわけではなかった、ということにたいして安堵したのです。


ああ、気遣いのできない自分!
ひとつの大きな、取り返しのつかない結果を突きつけられたような心地がしました。
これまでは注意されるにとどまっていたのに、同行がこれからも続くという現実を突きつけられてようやく理解するに至ったのです。
馬鹿者のすることです。
馬鹿者は経験しないとわかりません。経験しなければわからないこともあろうかと思いますが、紛れもなく自分は馬鹿者で、馬鹿者がすることなのでした。


帰途に着くと憂鬱に襲われました。ずいぶんとおそい到来でした。反省するふりを半年し続け、その内実が一日で満たされようとしているかのような耐え難い憂鬱でした。


暗い声、顔を露呈してしまったのでしょうか、ある日、社会的には優秀な(こういう言い方にすでに自分のいやらしさがでてしまっているのです)中途のにんげんがお茶をしようと誘ってくれたのです。
そこで自分は社会人になってはじめて泣いたのです、悔しいと思ったのです。
自分は同情されたのが何よりも苦しく、同情されるまでに落ちぶれている事実に衝撃を受けたのでした。
これこそまさしく衝撃的なことでした。
自分の気遣いのできなさから、優しい言葉、助言をもらうという結果にはふつうどう考えても結びつきようがありません。
想像の盲点を突かれてしまったのです。

そして、その盲点を突いたことが、ほかのあるひとつの突飛な考えを呼び寄せました。

「会社の中でもっとも上のにんげんに取り消すことを取り消すよう懇願しよう」

自分はこの考えに興奮しました。
もっとも上のにんげん、それは指示をくだす王様であり、未熟な自分の言うこと成すことよりも、純粋たる気持ちを見るはずだからです。
これは自分の新入社員という立場を考えてみてもたしかなことでした。「新入社員とはまずは気持ちである」といつもならまず思わないであろうことを高々と掲げたのです。
掲げすぎて失敗することもないでしょう、たとえ意見が通らなくとも自分の熱意がある何よりの証拠となり、何をしても非難せるべきところがない・・・たとえ、怒られようとも最後の最後には「熱意があるのは認めている」という言葉がくることに間違いはないのでした。
考えに考えてもマイナスに働くことはない無敵のなか、自分は会議のタイミングを見計らって、もっともうえのにんげんに直訴したのです。
果たして、結果は想像通りのものでした。
おまえにもそういうあつい部分があるのだなとほめてくださいました。

 ずいぶんと淡々と書いてしまいましたが、ここでも自分は泣いたのです。泣きながら、自分は初めて悔しいと思ったことを伝えたのでした。
こうなるまで反省しなかった自分を明らかにしたのでした。
そして、それらは演技でも何でもなく、真剣なものでした。

意見は通りませんでした、けれども成功です。すべてが思惑通りに動きました。普段、おとなしいひとが怒ると怖いように、普段うるさいひとが静かだと気にとめるように、自分の高低差は好意をもって受け止められたように感じております。

泣いて直訴している間はその言葉通りに、こころも寄り添っていましたが、泣き終えたあとは、達成感に満たされ充実していたのでした。

そうしてから振り返るとあの出来事は一体誰が起こしたのだろうと空惚けるようにもなりました。
そして、そう思うことによって自分の気持ちに魅せられたにんげんを手中に収めたような気がして、さながらおもちゃに囲まれた子どもの偉大な喜びを感じたのです。

会社人間、失格。
まだ半年にもかかわらず、異動になったのです。遠くに行くのです、いいえ飛ばされるのです。
ここへ来たのは夏の予感を感じさせる頃であり、東京というものに微かな憧れがあってのことでした。
理由は聞きませんでした。
あのときのように聞くことは躊躇われました。
なぜならば、自分の気遣いのできなさから飛ばされるというのは、あまりに巨大な事実で、受け止められるこころの余裕はないように思われたからです。
知らないほうがいいこともある・・・その通りだと初めて自分は感じました。

まさに馬鹿者。
異動を伝えられてからというもの自分は気持ちが軽くなり、陽気になったように感じられます。
馬鹿者が馬鹿者であると言えるとき、それは勇気ある位置づけをしたのであり、ひとつの肯定だろうと思われます。

にんげんは皆、そうして自身を保っていくのだろうと、自分は信じております。

2015年8月9日日曜日

酔い候え

私はよくわからないところに座って、これを記す。

酒を飲むようになった。
低血圧だからすぐに酔う。
私はあれだけ酒を毛嫌いしていたのに、飲むようになってしまった。
一つに両親の存在があるだろう。
両親の酒を飲む醜い姿、それに耐えられず酒が悪いのだと信じて疑わなかった。
親とは連絡を取らない。
大嫌いで何か言葉の一つ二つで殴りつけてやりたいが、もう関係したくない。
弟とも連絡をとらない。
弟とは仲が良かったはずだが幻想だろうか。
色々考えてみたが、弟と連絡を取ることで両親の話にならざるを得ず、醜い環境にあったことを思い出すから億劫になるのだろう。
どうしても陰惨な話になる。
こんな下らないことで弟と疎遠になることが悔しく悲しい。
もっと良い家族になりえたのではないかと、互いに支え合うような関係になりえたのではないかと夢を見ては感傷に浸る。
美しい過去もあった。
幼い頃、私が尻を出して笑っている写真がある。
父も、母も笑っていた。
人目気にせずただ楽しいことだけの、幸せな信頼できる家族に囲まれた日々。
今は人目を気にしては仮面をつけて人間と相対する。
けれどもこのころ苦しい。
仮面としての私が苦しいのか、仮面から露呈する私が苦しいのか、わからないけれど人と接することが、苦痛だ。
主に社内の人間との付き合いが嫌なのだ。
精神的な者などどこにもいない。
皆、おかしなほど下らないと思えるゲームに興じている。
出世のためにゴルフをし、社内の人付き合いを大切にし、そのくせ私個人と話すときには愚痴を零す。
本当に馬鹿馬鹿しい。
私とは弱者の掃き溜めの場だ。

とあるニヒルな笑みが似合う者が、悲しみを湛えた顔で「もう辞めるよ」と、虚空に放った。
あまりに他人事のように軽快な響きに聞こえたので思わず「誰がですか」と聞いた。
するとまた「もう辞めるよ」と先ほどと同じ調子で呟いたのだった。
そのときの私の感情を雑に表現してしまえば喜びだった。
こいつは暗さが垣間見えるという点、生きにくさを感じている点においては私の同類であり、ローモデルとなりうる存在だと胸が踊った。
「そうなのですか、僕はYさんには親近感を感じていたので、心細くなりそうです」と答えたときには本当に悲しみを感じていたが、今思えば、紛れもなく辞めるまでの景色を眺めていられるだろう蠕動した期待があった。
私も仕事をしたくない。
しかし、仕事をしなくなってしまったら私はどうなるのだろう?
あまりに無知で戻る実家も精神的な拠り所もない私はどうしたらよいのかわからない。
金が尽きたらどうなるのだろう?
本当に金が尽きてしまえば、食べることもできなくなるのか?
そんなことが全く想像ができない。

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという。
この諺を思い浮かべる度に、私は紛れもなく愚か者だと思う。
経験しなければ見えない景色もあるのはたしかだろう。
けれど、人はきっと全てを経験することはできず、そのために選ばなければならない。
私はいつかきっと仕事を辞め、貧困に陥るだろう。
そして生きながら学ぶのだ。
愚か者だ。私は愚か者だ。
…するとどうだろう、愚か者だと確信すると同時に心が軽くなる。
私は愚か者。

また明日から下らない仕事だ。
私は真夏にもかかわらずネクタイをきつくしめスーツを着る。
そうでもしなければ膨らみつつある私を抑えきれないから。
そうして汗をかきながら駅に向かい、電車に乗る。
ここでは皆溺れている魚のように顔を気持ち上に向けている。
私はそのような人たちを必死に見ている。
あくまでも私は眺めている者でお前たちのように溺れちゃいないと思いたいがために見ているのだ。
…そういえばそうした中で、世俗から離れた精神的な女がいた。
髪は整ってはいないが、横顔が美しく彼女もまたこの電車を上から眺めているかのような優雅さを備えていた。
私は思わず、一目惚れをし「精神的な見た目に惹かれました。連絡欲しい。」とメールアドレスを添えて白いメモを破り、殴り書きをして鞄に投げ入れたことがある。
絶対しなければ後悔するだろうと思っての突発的なことだった。
そのときの私とは何か偉業をなし得たかのように意気揚々と会社に向かったものだった。努めて冷静を装いこの感情を独占しようとした。
しばらく歩いて橋の近くに差し掛かると白い紙を投げ入れたことは、まるでショルダーバッグという膣内に射精したかのような、そういう一方的な行為だったと、良い比喩を見つけては一人満悦していた。

会社に向かうとき、高々と聳えるビルに縁取られた空を眺めては、きっとこの世には未だ私の知らない美しい世界があるのだと、その鼓動を感じては嘆息し、これから偽り明るく挨拶してしまうような現実に目を向ける。
明日も会社だ。
会社、なんて大人びた情けない響きだろう。
会社という響き、会社に属しているということが未だに信じられずにいる。
今日は酔って下らないことをまた書きつけた。
こういうとき、すでに酔いは醒めていて眺めている自分がいるんだ。

ああ、さようなら。

2015年6月1日月曜日

精神の抜け殻

何かを記すことは形骸化した精神を集めることだ。
そこに精神はなく、精神の足跡だけが、抜け殻だけが、残されている。
そして、私は精神の抜け殻を日記に書くことによって、収集し、その幾つかを此処に放り投げている。
なぜ、私が投げるのか、わからない。
空虚であると同時に愉快だからかもしれない。
もしくはごく少数の読者が、そうさせるのかもしれない。
読み手を意識した文章というのは、ひどく醜く、吐き気を催す。
もちろん、これは他者にも強く感じるが、何よりも自らに感じるのだ。

私は今、日記に書かれた精神の抜け殻をタイピングで打ち込んでいるが、この行動を文章に表すと、滑稽で無様である。

私は生に疲れている。「生に向き合わざるを得ない生」というのは、とても苦しい
私は一体、何度同じことを繰り返し問うただろう。
そして、その後で必ず、「全ては虚しい」と答えたことも。
こんなに若くして、もう先が見えてしまうような私の貧困な言語と創造にうんざりさせられる。

私は絶えず「何が楽しいのだろう」と思う。精神を記述するという行為でさえも。
だけど、結局のところ、そう思いながらも精神の抜け殻を大量に生産しているのであり、此処が虚無の終着点なのだろう。
私は、幼少の頃、外界にしか興味がなく、生きる意味についてだって「生きているのだから、在るだろう」くらいにしか思っていなかった。
そんなことを考える余裕なく、私は素晴らしい友人に囲まれていたし、いつも外で遊んでいた。


しかし、私は今、世界のすべてを見た気になって、疲れ果てたように内面を旅している。
外界にときおり、楽しいことがあっても、ちっぽけな薄氷が辛うじて深海に引きずり込むことを防いでいるだけであって、いつも諦念が同席しているのだ!
内面について、もっとワクワクしていてもおかしくないはずだけど、私は完全に外界に期待していた過去があり、裏切られたために、こうして深海で溺れ、もう底に馴染んでしまった。

私の書くという行為は、虚しさに耐え忍ぶのみ。此処は虚無の最果てである。
しかし、いつも何かを消し去り、壊してきた私は、精神の抜け殻だけは捨て去る気にはなれない、唯一、大切なものだ。
私の精神の置き場所は他人にはなく、単一で此処にしかない。本当に此処だけなのだ。
だから、精神の抜け殻を失くしてしまったら私は悲しむ。

もし腕がなくなって書くことが容易でなかったらどうしよう!?
そんなことを考えるとゾッとする。私に襲いかかる虚無感を、口による記述の速度で逃げ切れる自信がない。
私は足なんて...。歩かないといけない足は行動の象徴だ。私は手が欲しい。
手は精神の象徴だ。
もし私に手がなかったなら、私は動きで「絶望」を表現をするような完全な狂人になっていたことだろう。
今だって、私は文字の中で完全に狂人だ。手がなく記述できなかったら、私は、そこかしこに自らの頭を叩きつけ、何もかも蹴り上げ、最後には、頬で体重を支えるようにして這いつくばることだろう。

私は虚しく、唯一、精神の抜け殻集めが、精神と身体を繋ぎ止めている。