2017年6月23日金曜日

首にボールペン

首に名前を刻んだボールペンを突き立てて墓標にしてやろう。机に突っ伏した小高い頚椎の丘。倒れないようにより深く突き立てねばならない。

そう考えながら、僕は上長の話を聞いていた。(だいたいにおいて上司という表現を好かない、それはよりサラリーマン、自らが奴隷だという実感が伴うからだ)
そういうわけで私は眼を飛ばして殺意を伝えていたらしい。

「なにメンチ切っとんねん」という関西弁、不愉快な言葉を聞いてこの大阪という悪性腫瘍の象徴であるこいつをまずは懲らしめる必要があるのであり、私は仕事を失おうとそれが目の前の人間を潰すより重要なのかというつもりでボールペンを固く握っては、突き刺すことを想像した。何も失うものがない。いざという時には俺はこいつを殺す。

怒りのまま黙らされ、怒りのまま人を黙らせるという暴力の非言語的な経験に強く影響を受けているのだろう。
つくづく私は卑しい人間だと思う。自らの暴力性さえも制御できない動物のような人間だと思う。実際、私は蔑まれる人間に違いなく失望される人間に違いなく、そういう性質を濃く持った人間なのであってそういうレッテル貼りを自らしなければとても現実を受け入れられないなあと、そう思いながら、私は父親と同じように反逆して結局は自らの首を締めるようなことをしていると面白おかしくなってこんなときに血は争えないというのだろうね、と自嘲気味になり身体の力はぐったりと抜け、目だけは未だに自らの眼球を地に落とそうとするかのように血走っていた。

結局、眼を背けたのは上長のほうだった。動物のような世界では少なくとも私が勝ったのだというくだらない自信だけがあった。