2017年10月15日日曜日

何か高尚なもの

何か高尚なもの、それを書かなければならないと思っている。
どこかこのくだらない現実から遠く離れたようなおとぎ話を書かないと、と思っている。
それは今こうした現状からの逃避なのかもしれないが、一方で逃げても逃げても付き纏うような影の存在として現実の問題からは離れることができない。

現実問題が大きくなると何か高尚なものを書かないとと思う私は板挟みになって何も書けなくなってしまう。
実際、もう手記でさえほとんど書く気がない。
書かなければならないという焦燥は濁流の中、藁にも縋る気持ち、である唯一の藁なのかもしれない。

日常は耐えず切羽つまり、仕事というのも馬鹿馬鹿しい気持ちがしている。
一体、高尚なもの理想とするもの、その何かが言語化できないままその言葉だけが一人歩きをしていって遠くに行って幽かな光となってたえず私を歩かせようとする。
その理想とは、言語化してしまえば解体してしまうような儚げなもの、いわばその程度のものとして私の遠くにある。

遠くにあるとは美しいことで、近くにあるとは醜いこと。
近くにあると見なくてよいことを見る。
たえず朧気で幽かで、いつ消えるかわからないもののほうが、反対のことを言うようだけどずっと一緒にいるような気がする。